1980年代の名作漫画(アニメ)『めぞん一刻』(高橋留美子氏原作)のまとめサイトです。

深読み!『めぞん一刻』

第35話「ふりむいた惣一郎」

惣一郎(旦那)と犬の惣一郎が出会った日。夕暮れの時計坂で、響子は犬とじゃれている惣一郎(旦那)を見つけます。惣一郎(犬)は焼き鳥につられてずっとついてきて、そのまま音無家に居座ってしまったのでした。しかし、賢太郎が散歩させているときに、惣一郎(犬)はまた別の人の焼き鳥の香りにつられて行方不明になってしまいます。賢太郎と五代は惣一郎(犬)を探しますが...

『めぞん一刻』でも神回の一つです。特に原作の後半は、最後のシーンに至るまでの響子の感情の急激な高まりと、その中で繰り広げられる亡き惣一郎のショッキングな思い出が絶妙に組み合わさっていて、さすがとしか言いようがありません。

ブルーレイ:5枚目
TVシリーズ第27話「消えた惣一郎!? 思い出は焼鳥の香り!!」
主な登場人物:音無響子,五代裕作,郁子,賢太郎,音無のじいさん,一の瀬夫人

ストーリー(あらすじ)

惣一郎の思い出

五代が一刻館で郁子の家庭教師をした帰り道、郁子と響子は惣一郎(旦那)について話しています。

郁子は響子に「なぜ犬に惣一郎に名前をつけたのか」と聞きます。

惣一郎(犬)は、惣一郎(旦那)が焼き鳥を持って歩いていた時に、臭いを嗅ぎ付けてついてきたのでした。響子は時計坂で犬と一緒に歩いている惣一郎を見つけて「惣一郎さん」と呼びかけます。

そのまま音無家に居座ってしまい「シロ」という名前を付けられたのですが、響子が「惣一郎さん」と旦那を呼ぶと一緒に反応するのでした。(それで「惣一郎さん」という名前になったんですね。)

「バウ、バウ」って何となく英語圏の犬の吠え方ですけど「ヘッヘッヘッ」って言う犬はなかなか居なさそうです、笑。

ところで惣一郎って名前は、何で漢字で「惣」の字を使ったんだろう?と考えてみたのですが、「惚れる」の「惚」に近いよなぁ、という程度で最初は見当付きませんでした。
このエピソードといい、しばらく先に出て来る惣一郎(旦那)の日記の回を読むと、「惣菜」の「惣」なんですね、きっと、笑。

それにしても今の響子と結婚していた頃の響子って、年齢は3歳くらいしか違わないのに大きな差がありますね。今の響子は20代前半なのに年齢の割に随分大人びて見えるし、ミステリアスな雰囲気が加わっているんです。

結婚していた頃の響子は、まだ高校生の延長みたいですもんね。

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惣一郎(犬)の失踪

賢太郎が惣一郎(犬)を散歩させていると、踏切のところで惣一郎は焼き鳥を持った人に釣られて、逃げて行ってしまいます。

TV版アニメのほうでは、踏切が閉まってすぐに電車が通りすぎて危機一髪です。

賢太郎は惣一郎(犬)を探しましたが、その日は結局見つかりませんでした。五代も協力して惣一郎(犬)を探します。

惣一郎の死とドライな思い出

原作では「犬が死んでる!」っと子供達が集まってくる少しショッキングなシーンがあります。

惣一郎(犬)ではありませんでした。
でもこれをきっかけに響子の不安が急激に高ぶり始めます

原作もアニメも、五代たちは保健所を探しに行くので、一応惣一郎(犬)が死んでしまったかも、という関連付けはしています。でも、このシーンはリアルですよね。

響子は一刻館へ帰りますが、犬小屋には空のままです。居なくなってもう一週間。亡き夫の名前を付けた犬までも居なくなってしまったのか…犬の惣一郎は果たして無事生きているのだろうか…

響子は惣一郎の死の直後のことを思い出します。

響子がまだ喪服を着ている時の話ですね。

この前のシーンでは、音無のじいさんが、惣一郎が亡くなって間もないの時なのに「響子さん、これからどうする……?」と聞いて、しばらくして立ち去ります。やさしいはずの音無のじいさんですら、響子をなぐさめるとか、気持ちに寄り添ってあげるのではなく、この時点でもう先の話をしてるんですよね。

この周囲の無理解・ドライさのインスピレーションって『めぞん一刻』の世界観を形作る上で、とても大事ですね。

TV版アニメもショッキングなシーンをよく再現していて、声優の島本須美が名演技ですね。名シーンだと思います。

アニメのほうでは天真爛漫だった響子が、今の響子に変わっていく過程を描いているようにも感じられます。

「あした晴れるか」のアレンジがBGMになっていますが、とてもいいですね。この曲は一見シンプルなのですが本当に絶妙で『めぞん一刻』の感情的なシーンに無くてはならない曲です。色々アレンジして使い尽くしてます。

五代と惣一郎

原作では不安に駆られた響子が「惣一郎さん!」っと叫びながら必死に探します。一週間帰ってこなかった犬を急に探し始めても見つかる訳ないのすが、もうそうせずにはいられません。

すると惣一郎(犬)を見つけた五代が歩いていました。そして夕暮れの時計坂で、逆光で顔が見えず一瞬五代が惣一郎(旦那)に見えてしまうというデジャヴ。

このページだけ見ると、響子はまるで亡き惣一郎(旦那)を探しているみたい。

普通なら、犬の惣一郎がタイミングよく見つかるわけないし、亡き惣一郎を見つけるなんて絶対ありえませんよね。それが一瞬ではあったけれど、亡き惣一郎も犬の惣一郎も、両方とも見つけてしまうという奇跡…

何で五代に亡き惣一郎の姿を見てしまったのか。さすがの響子もこの表情です。

五代と亡き惣一郎の共演にもなっているんですね。デジャヴのシーンや犬の惣一郎を使ったりして二重三重に仕掛けてます。

ここまでの響子の急激な感情の高ぶりの描き方って、本っ当に上手いですね。そして、その頂点で五代に亡き惣一郎の幻を見てしまうという、ある意味すごく美しい瞬間だし、夕暮れの静けさの中にあっても強烈なインパクトがあります。

それがドラマティックになりすぎず、サラッと書いてあるんだから本当に凄いの一言に尽きます。

TV版アニメのほうでは「響子が惣一郎を必死に探す」という大事なシーンが無いのですが、デジャヴの一瞬の出来事をじっくり時間を使って描写しています。街灯がついて五代であることが分かるという演出も良いですね。

アニメ版では響子を大人しいキャラに変えようとしています。それにしてもテンションが低い所から、デジャヴのシーンのインパクトを上手く描いたもんだなと感心します。

その後「アロー・アゲイン」がBGMで流れてくるのですが、どうしても「めぞん一刻」の雰囲気にあっていなくて、そこで興醒めな感じです。映画版の主題歌でもあるのに不思議な位合わないですね、笑。西洋と東洋の違いを感じます。

原作もTV版アニメも、各々に面白い回

セリフが少く、色々に解釈できる要素があるので、原作とアニメとそれぞれ良さがあって捨てがたいです。両方一緒に見比べるとなお楽しめるんじゃないかと思いました。

今回はデジャヴのシーンが大事ということで、絵のある漫画やアニメならではのストーリーですね。小説では無理だし、映画でも難しそうです。

TV版アニメはデジャヴのシーンが1990年代のトレンディ・ドラマ風のタッチで描かれていて、とても良い雰囲気ですね。音無響子をおしとやかなキャラに変えてしまうのはどうかと思いますけど、こういうアニメーションにしか出来ない演出をもっとやっても良かったんじゃないかと思います。

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■更新日:2019/11/28

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